バンドネオン奏者ならアニバル?トロイロ、レオポルド?フェデリコ。ピアノ奏者ならカルロス?ディ?サルリ、オスヴァルド?プグリエーセ。バイオリン奏者ならエンリケ?マリオ?フランチーニ、フェルナンド?スアレス?パス。ひいきのアルゼンチンタンゴの奏者をあげるとキリがない。ベースのエンリケ?キチョ?ディアスや、ギターのロベルト?グレラなども好きな奏者だ。
2010年に日本で公開された「アルゼンチンタンゴ 伝説のマエストロたち」というドキュメンタリー映画を見て、もう涙腺が緩みっぱなし。かつての名手たちが、先輩たちを偲び、オマージュを捧げ、新しいレコーディングと、一回きりのコンサートを開くために集結する。昔、アニバル?トロイロの楽団に在籍していたバンドネオン奏者のエルネスト?バッファが、師匠のアニバル?トロイロについて語るシーンがある。「すばらしい人だった、思い出すと涙が出てくる」と。
だから、劇映画でも、アルゼンチンタンゴが使われていたり、なにかしら関係があると、もう、真っ先に見ることになり、映画そのものの採点も甘くなる。それでいいと思っている。「タンゴ?リブレ 君を想う」(ファインフィルムズ配給)にも、アルゼンチンタンゴと素晴らしいタンゴの踊りが登場する。ベルギー、ルクセンブルグ、フランスの合作映画である。舞台は、たぶんベルギーのどこかの刑務所と思われる。いろんな国からの囚人が服役している。刑務所の看守J?C?は、唯一の趣味のタンゴの踊りを習っている。教室に、30代ほどのアリスという女性がいて、ともに踊る。どこか華やかさと陰りのある容姿に、J?C?の心が動く。刑務所の面会室で、J?C?はアリスとばったり。アリスは、夫のフェルナンと、その仲間で、愛人でもあるドミニクの二人に面会する。やがて、J?C?とタンゴを踊っていることを知った
フェルナンは、嫉妬にかられる。フェルナンは、刑務所内でタンゴを教える男を探しだし、みんなでタンゴを習うことになる。やがて、アリスとふたりの男に、J?C?が深く関わっていく。アリスには15歳になる息子がいる。アリスをめぐって、正確には4人の男性との愛のかたちが描かれる。アリスは自由奔放、自らの信念で、3人の男と息子につき合うことになる。フェルナンとドミニクは、殺人共謀の罪で、まだあと20年は刑務所暮らしである。嫌気がさしたドミニクが、ある事件を起こしたことから、ドラマは急展開する。
刑務所でタンゴを教える役は、実際の踊りの名手、マリアーノ?チチョ?フルンボリが演じる。これが実に見事な踊りで、周囲の囚人たちを、タンゴの踊りに引き込んでいく。タンゴはもともと、ブエノスアイレスの港町ボカ界隈で発生した、船乗りややくざもの、いかがわしい職業の女性たちの音楽で、男同士で踊るのは、きわめて自然なことだ。マリアーノが囚人たちに言う。「タンゴは魂の踊りだ。哀しみ、怒り、弱さ、優しさ。タンゴは自由の舞だ」と。男たちだけのレッスンは、次第にエスカレートし、見事な群舞になっていく。マリアーノと踊るパブロ?テグリもまた踊りの名手。マリアーノとパブロのデュオは圧巻である。惜しむらくは、これだけの華麗な踊りなのに、そのシーンが、いささか短いこと。また、引用される音楽にケチをつけるつもりはないが、なんとか、タンゴだけに絞り込んでほしかった。
交錯した愛のドラマを、タンゴとタンゴの踊りが牽引する。ラスト近く、J?C?の決断と、アリスの選択は、ある程度、予期できるが、ラストはレペットシンデレラ バレリーナ ヴィール グラス 【ブラック】 レペット Repetto ballerina cendrillon veal black、心地よく観客を裏切ることになる。なにしろ、エンドロールに流れるタンゴは、アルゼンチンのハーモニカ奏者、ウーゴ?ディアスの演奏する「エル?ジョロン」(泣き虫)なのだから。
舞台あいさつの数時間前にスピルバーグ氏と顔を合わせたという是枝監督。スクリーンには「4時間前に撮影した」というスピルバーグ氏と握手をかわす写真が映し出され、同氏が「カンヌで初めて観たとき、パワフルな人間ドラマに非常に感銘を受けた」とコメントを寄せると、是枝監督は「そういう気持ちは握手をして伝わってきた」と感慨深げに話していた。