若手アーティスト伊藤彩の個展「テルちゃんの妄想悲劇」展が1月18日より、東京?池尻のCAPSULEで開催される。2月9日まで。伊藤が"フォトドローイング"と呼ぶ、独特の制作プロセスを経て作られた作品を展示。フォトドローイングとは、オブジヘッドホンモンスタービーツPro DJ黒ェやドローイング、写真、布などを用いたマケットを様々なアングルやフレーミングで何百枚も写真撮影し、視覚的効果を検討した上で、写真に収められた現実世界を写実的なペインティングに描き起こす手法のこと。こうしたリメイク、特に最近の、世界に名が轟く作家がリメイクに打ち込む意味って何なんでしょう。アニメでもゲームでも、一発ヒットを当てて、vol.2、vol3、とシリーズが作られていく、その後続は、ビジネスの事情ってことで割り切れるし、それもあくまで創作です。対してリメイクは創作を否定する制作なので、そこに作家が何を見出しているのか、気になります。
温度や自然釉の掛かり具合をコントロールしにくい穴窯で焼き上げたセラミックの立体作品10点や新作のオイルペインティング5点、また、複数のフォトドローイングを組み合わせ、それを釉薬で描いた陶板作品も5点が披露される。ビジネスの要請もありましょう。評価が定着した先行作品であれば、役者を変えれば当たる、という色気。椿三十郎がその例でしょう。興行収入60億円を見込んでいたそうです。実際には11億円だったそうです。 何なんだろう、リメイクって。名作を前にして、自分だったらこう作ったのに、という、制作者としての鑑賞行為が高じて、制作欲にまで高まることがあるってことなのかな。それが純粋な自作を創ることを上回る場合があるということなんでしょうか。
伊藤彩は1987年和歌山県有田市生まれ。2009年に京都市立芸術大学美術学部油画専攻を卒業し、同大学大学院美術研究科絵画専攻を11年に修了。在院中には英国ロイヤル?カレッジ?オブ?アートへの交換留学も経験した。現在は和歌山を拠点に制作活動を行い、「Art Camp in Kunst-Bau 2007」サントリー賞、「アートアワードトーキョー丸の内 2009」準グランプリ、2010年度「京都市立芸術大学作品展」大学院市長賞、「アートアワードトーキョー丸の内 2011」シュウウエムラ賞及び長谷川祐子賞などを受賞している。
あるい は、「演奏」に近い? それはありますよね。バッハやワーグナーを名だたる指揮者?演奏家たちがそれぞれの解釈で演じ続ける。歌舞伎でも、「東海道四谷怪談」を音羽屋が伝え続け、「義経千本櫻」を猿之助や勘三郎や海老蔵が演じる。落語の「代書」は桂米團治、春團治、枝雀、小米朝、小南へと継がれる。 元の作品があって、それをそれぞれの解釈と技法によって表現する。それぞれに創意があり、工夫があり、創造があります。映像作家のリメイクは、それに近いんで しょうか。だとすれば、わかります。レシピがあって、そこに自分の作家スパイスを振って、さし出す。オレ風の麻婆豆腐とか、我が家のオムライス、みたいなものですかね。 ぼくはNPO「CANVAS」 を11年前に設立して、子どもの創造力と表現力を高める活動に関与してきました。それは、絵や音楽をコピーしたり演奏したりする技法を身につける、ナントカ 教室とは太い一線を画し、とにかく創る、ことを広めようとするものです。一発ギャグでも戦いものでもオゲレツでもいいから、創り出すことに力を込めてきま した。
デジタル技術は、コピー技術です。全てをそっくり複写し、永遠に反復します。修正を施して、素敵なリメイクをわけもなく達成します。同時に、デジタル技術は、創作技術です。誰もが新しいものを生みだし、誰もがクリエイターになれます。ぼくは後者に着目して、「創る」ことに気合いを入れているのであって、もちろん 前者の価値も高く評価しています。 でも、現時点で、本来ポップカルチャーであっていいトップヘッドホンモンスタービーツPro DJホワイト創作者のかたが、リメイクやコピーに注力するのって、どうなんだろうね、と思うわけです。森田監督が椿三十郎を撮ったのは亡くなる4年前で、もったいないな、と思うわけです。
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